株式会社グリーンマンBLOG

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蛎太郎の独り言・東日本大震災(11)

「応援してっから!」
「頑張っぺよ!蛎右衛門なぐなっと困るんだあー」
「出来る事あったら、何でも言ってけろ!」

日々多くの温かいご連絡頂きます。
有難い事です・・・・。

そんな中、埼玉県の生産者、ヴェルディールの山中君から
自ら発起人となり「頑張れ!グリーンマン!」応援メッセージサイトを
弊社HP内で開設するご提案を頂きました。

有難い事です。

日々、温かい声援に感謝です。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(10)

気合!根性!

これがなければ、務まらない作業が待っていました。
工場のある大崎市は、この地震で最も揺れた地域の一つです。
南北の方向に、大きく長く揺れたので、パレット積みしてある肥料の多くが
荷崩れしてしまいました。

ファイル 49-1.jpg

復旧作業です。
このままの状態では出荷・輸送できません。

20kg袋の積み直し・・・
それも大量に・・・
上腕二頭筋と腹筋、背筋が悲鳴をあげます。

いつになったら終わるんだ???

スタッフ達は、愚痴ひとつ言いません。
頼もしい・・・。

災害後、日常の変化に誰もがストレスを感じる時期です。

そんな中、いつも笑顔で・・・
心強い限りです。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(9)

「大丈夫ですか?」
「心配していました・・・」
「連絡しても不通だし、声が聞けて良かったよ!」

震災直後から、沢山の心配の連絡有難う御座います。
重ねて御礼申し上げます。

地震後15日が過ぎました。
ロウソクの中での生活、水運び、片付け・・・
不思議なもので、
たった2週間前の話なのですが、ずっと昔の出来事の様な気さえします。
電気、水道が復旧し、日常生活に戻りつつあります。

仕事を除いては・・・

あれ?これは夢?
毎朝、起きた瞬間、ボーとする頭で考えます。

ところが、現実・・・。

カキ養殖は、水産県、宮城の基幹産業の一つでもあり、
県内は勿論ですが、全国のカキ愛好者を楽しませ
宮城の秋から冬の風物詩でした。

宮城で生まれ、宮城で育ち、学生時代を東京で過ごし、
そのまま就職。
縁あって、この仕事に出会い、故郷で仕事を創め、色々な人との出会い、仲間、

感謝・・・。

また無知ゆえに苦汁を舐める結果に悔しくて眠れなかった日。

折れそうになる心・・・。

また新たな沢山の出会い。

やり続ける事に意義を持つ

信念・・・。

感謝・・・。

人に喜んで貰える事が仕事に繋がるのなら、それは最高・・・。

漁師のおんちゃん達の笑顔
「お前ぇんとこが、来てくれっから、殻っこ、助かってるわ~!」
「国分町さ、飲みに行くべ!」

農家さんの笑顔
「イイ野菜が、とれたわよ~」
「今年は、連作障害出なかったぞ!」
「市場でも高値がついたよ!」

応援してくれる人達・・・。

共に戦う仲間・・・。

感謝・・・。

やり続ける事に意義を持つ

グリーンマン、戦います!

追記:昨日行った鳴瀬の惨状が目に焼きつき離れません。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(8)

今日はいい天気です。

朝夕は冷え込みますが、東北にも
少しづつ春の兆しが見えてきました。
工場の周辺は、何事も無かった様に穏やかです。


念願だったガソリンを入手出来たので
鳴瀬へ向かいました。

幾つかの道は、閉鎖されていたものの迂回を重ね
鳴瀬川沿いの道に出ます。

鳴瀬川と吉田川は平行に流れているのですが、
道を進めると、
河川脇の至る所に大木が折り重なるように
積み上げられています。

流れてきたのか?
波に押寄せられたのか?

なおも進むと景色が一変しました。
瓦礫の山、山、山・・・
未だに水が引かない所が多く見られます。

何度も通った道ですから、迷う筈がありません。
しかし、道に迷いUターンを繰り返しました。
目印となる建物が、すっかり無くなっているのです。

海岸線の道にでると

そこは、惨状・・・

全身に恐怖を感じます。

道は、自衛隊の方々の努力で瓦礫は撤去されているものの
船、車、家屋、電柱、木々、瓦礫の山、山、山・・・
目を覆う光景が続きます。

写真は何枚か撮りましたが
とても、ここでアップする気にはなりません。

なおも車を進めますが、道路には亀裂、
4駆でも腹を擦る程の大きな段差がありました。

ようやく、原材料置き場に着く事ができましたが、
明らかに地形が変わっています。
周りは海です。


重機(バックホー)は?

近くには見当たりません。

事前に聞いていた場所を探すと・・・

ありました・・・

海中に・・・


ファイル 47-1.jpg
アーム上部が見えます。
ここは、元々は海ではありません。

海岸線が変わっているのです。

昨日の先発隊から報告は受けてはいたものの
現物をみると、正直ショックです。
悲しい気持ちでいっぱいになりました。

ダンプは?

近くには見当たりません。
ファイル 47-2.jpg
先週、全塗したばかりなのに・・・

家が流されたのに比べれば・・・。
そう、思い込むしかないのでしょうか・・・

スタッフが巻き込まれなかっただけでも
不幸中の幸いです。

もし・・・
考えただけでも寒気がします。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(7)

バックホーが発見されました。


海中で・・・


悲しい知らせです。

今朝、工場長がチームを率いて探索しに行きました。
僅かにアームの上部が見えたそうです。

「震災前とは、海岸線が変わっている!」

「一帯が海だよ!」


胸が痛みます・・・。


ロングアームに大きく GREENMAN と
ペイントされ、縦横無尽に働く姿をもう見ることは出来ません。

ファイル 46-1.jpg
置き場から80m程、離れた場所だそうです。
あんな大きな重機が???
津波の力を思い知らされました。


ダンプは?


「・・・・」


工場長は無言で首を振りました。
きっと、海の中なのでしょう。

もう一台の重機は、カキ処理場の裏手に停めてあったのですが、
規制がされ、未だに近付けないとの事です。

正直、厳しい・・・

自然災害とは言え、やるせなさが、つのります。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(6)連絡先

移動出来ません。

当然の事ですが、文明の利器、車はガソリンで動きます。
工場に行きたい!

だけど行けない・・・

浜に重機を探しに行きたい!

だけど行けない・・・

これほど、車に頼っていたのかと痛感します。

地震直後は、この様な事態になる事を
想定していませんでしたので
電話・メールが不通となっております。


そこで、ヤフーメールアドレスを取得致しました。

greenmanmiyagi@yahoo.co.jp

これなら、どこでもメールチェック出来ます。
文明の利器は有難い・・・

蛎太郎の独り言・東日本大震災(5)

本日、実家のある仙台市内に水道が復旧し
電気に続き、水、有難い事です。
人間生活において水の大切さを痛感します。

工場付近も電気は復旧したらしいのですが、
ガソリンが入手困難なので、行くことが出来ません。


肥料工場とは言え、精密機械の組み合わせですから
インフラが整い、試運転してみるまでは、
被害の把握ができません。

それより気になるのが、重機達・・・。
常時、カキ処理場と殻置き場に2台の重機とダンプで
作業をしているのですが、
現在のところ、全て行方不明。

地元の方によると、一帯は津波が押し寄せたそうです。
考えると胃が痛みます。

アームには、GREENMAN のマーク

願わくば、無事でいてくれて
災害現場で活躍してくれてればイイのですが・・・

元気に戻って来いよ!

蛎太郎の独り言・東日本大震災(4)

少しずつではありますが、通信網が復旧しつつあり
浜の方々との連絡が取れ始めました。

何度、電話をしても繋がらず、定型の
電波の繋がらない場所におられるか電源が入っておりません

このアナウンスを聞く度、胸が締め付けられました。


やっと連絡が取れた方によると
東名の町は津波にのまれ、大半の家は流されて。
多くの方がお亡くなりなられたそうです。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

避難され、難を逃れた漁師さんが

「まるで地獄絵図だった・・・」

「家もない・・・船もない・・・」

絞り出すようにお話される声を聞いて
僕も涙が溢れてきました。

最後に
「でもな、頑張るしかねえんだ俺達は!」
「力を合わせて頑張ろうな!」

そのひと言に新たな決意が生まれました。

被災地の真っ只中にいる方を考えれば
多少の事は、耐えられます。


グリーンマンは戦います!

蛎太郎の独り言・東日本大震災(3)

工場は大崎市は宮城県の内陸部に位置し、実家のある仙台市内まで約50km。
通常でも1時間の道のりだ。
周囲の道路の信号は停止し、すでに渋滞は始まっている。
工場にあった僅かな水や食料を乗せ出発する。

幹線道路は、大渋滞が予想されるのでナビ頼りで農道をひた走る。
途中小さな橋が落ち、迂回を繰り返す。
道路には至る所で亀裂が走り、段差は多数・・・
水道管が破裂したのか、水が噴出しているのが見えた。
半壊した建物、完全に滑落した崖、
あちらこちらでブロック塀が倒れている様が地震の大きさを物語る。

雪が降ってきた・・・

とうとう渋滞に巻き込まれてしまった。
停電で街は暗闇、車のブレーキランプだけが赤い帯を織り成していた。
3時間経過するも行程の半分も進んでいない。
その後も余震は断続的に続いている。

車載テレビでは、早くも被災地の映像が流れている。
見覚えのある町並みが津波に飲み込まれていっていた。

言い様の無い感覚が、全身を包んでいた。

陸橋の上で強い揺れ
この橋が落ちたら・・・
車が激しく揺れ、一瞬、死を覚悟する。

今週春肥の営業で北海道へ出張し、札幌、当麻、旭川、比布、北見のJAを回り
昨晩、フェリーで苫小牧港を発ち、今朝仙台港へ着いたばかりだった。
地震が何時間か、ずれていたら・・・
背筋が凍る。

ツイている。
とにかく今は生きてる・・・

携帯は不通、家族の安否もわからない
急に不安に襲われる。

ようやく6時間後、実家に辿り着く。
幸いにも家族は無事だった。

ロウソクの灯りの中では、工場と同様に
倒れたキャビネット、飛び散ったガラス片が散乱していた。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(2)

揺れは突然やってきた。

商談中、ドッスンと大きな衝撃から始まった。

地震には慣れっこな仙台人の僕でも、尋常な揺れで無いことは
直ぐ解かった。

「緊急停止~!」

工場長が叫ぶ!

建物から飛び出す。軋む建物・・・
外に出てみると、全ての電柱が大きく揺れている
道路が波打っているのが、見てとれる。
立っていられないほどの揺れ、
遅れてスタッフも飛び出してきた。
全員の安全は確認できた。

まだ揺れは止まらない・・・
場内に停めてある軽トラがジリジリと動き出す。
愛車の盗難防止アラームが響き渡る。

最初の揺れはとても長く感じられた。

揺れの治まりの間隙を突き、事務所に戻ると
そこは散々たる状況であった。

書類棚は倒れ、机上のパソコンは至る所に散らばっていた。
その間にも余震が何度も続いている。

工場の被害は?

かなりのダメージである事は間違いない・・・
今までの苦労を考えると、心の芯に痛みを覚える。

簡単なミーティング後、解散。

とにかく家に帰らなきゃ・・・