株式会社グリーンマンBLOG

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蛎太郎の独り言・東日本大震災(3)

工場は大崎市は宮城県の内陸部に位置し、実家のある仙台市内まで約50km。
通常でも1時間の道のりだ。
周囲の道路の信号は停止し、すでに渋滞は始まっている。
工場にあった僅かな水や食料を乗せ出発する。

幹線道路は、大渋滞が予想されるのでナビ頼りで農道をひた走る。
途中小さな橋が落ち、迂回を繰り返す。
道路には至る所で亀裂が走り、段差は多数・・・
水道管が破裂したのか、水が噴出しているのが見えた。
半壊した建物、完全に滑落した崖、
あちらこちらでブロック塀が倒れている様が地震の大きさを物語る。

雪が降ってきた・・・

とうとう渋滞に巻き込まれてしまった。
停電で街は暗闇、車のブレーキランプだけが赤い帯を織り成していた。
3時間経過するも行程の半分も進んでいない。
その後も余震は断続的に続いている。

車載テレビでは、早くも被災地の映像が流れている。
見覚えのある町並みが津波に飲み込まれていっていた。

言い様の無い感覚が、全身を包んでいた。

陸橋の上で強い揺れ
この橋が落ちたら・・・
車が激しく揺れ、一瞬、死を覚悟する。

今週春肥の営業で北海道へ出張し、札幌、当麻、旭川、比布、北見のJAを回り
昨晩、フェリーで苫小牧港を発ち、今朝仙台港へ着いたばかりだった。
地震が何時間か、ずれていたら・・・
背筋が凍る。

ツイている。
とにかく今は生きてる・・・

携帯は不通、家族の安否もわからない
急に不安に襲われる。

ようやく6時間後、実家に辿り着く。
幸いにも家族は無事だった。

ロウソクの灯りの中では、工場と同様に
倒れたキャビネット、飛び散ったガラス片が散乱していた。

蛎太郎の独り言・東日本大震災(2)

揺れは突然やってきた。

商談中、ドッスンと大きな衝撃から始まった。

地震には慣れっこな仙台人の僕でも、尋常な揺れで無いことは
直ぐ解かった。

「緊急停止~!」

工場長が叫ぶ!

建物から飛び出す。軋む建物・・・
外に出てみると、全ての電柱が大きく揺れている
道路が波打っているのが、見てとれる。
立っていられないほどの揺れ、
遅れてスタッフも飛び出してきた。
全員の安全は確認できた。

まだ揺れは止まらない・・・
場内に停めてある軽トラがジリジリと動き出す。
愛車の盗難防止アラームが響き渡る。

最初の揺れはとても長く感じられた。

揺れの治まりの間隙を突き、事務所に戻ると
そこは散々たる状況であった。

書類棚は倒れ、机上のパソコンは至る所に散らばっていた。
その間にも余震が何度も続いている。

工場の被害は?

かなりのダメージである事は間違いない・・・
今までの苦労を考えると、心の芯に痛みを覚える。

簡単なミーティング後、解散。

とにかく家に帰らなきゃ・・・

蛎太郎の独り言・東日本大震災(1)

3月11日午後、宮城県は未曾有の巨大地震に襲われました。
まずは、安否のお問い合わせを頂いております皆様へ
スタッフ及びその家族は全員無事である事をお伝え致します。

沢山のご心配のご連絡、誠に有難う御座います。

地震から5日経ち仙台市内は、通信網が戻りつつありますが
数日間は不通の状態が続いておりましたので
皆様には大変、ご心配をお掛け致しました。
この場を借りて御礼、感謝申し上げます。

ただ、未だ東名地区のカキの漁師の方々と、どなたとも連絡が取れておりません。
ご無事でいる事を心からお祈り申し上げます。